出来心


「見て、月の光が射し込んでる」
鳴り止まないサイレン。この町には正気を携えた人間がいなかった。夜も更けるかという時分に紅茶でパンを流し込む。
「雨だ」
男は暴走する二輪の臆病さに苛々し顔をしかめた。咽び泣きは軟らかな鼓膜を劈く。
受動的であるにしろ生存する一個体で有る限り客観はない。なら分からない。分かろうとすることもない。得てして、無理とは常に最大の危険であり愚かな行為だ。
「あれは人工の光だよ、ナイトレイ」
「いいじゃない、雨。私好きよ」
精神病と診断された人たちはけんめいにあやとりをする。一度繋いだ糸が切れれば決して元通りとはいかない。100年足らずだとか制限された中で復元なり修繕なりしてる時間だってじつに非効率的だ。だから間違えても切らないように大切にだいじに、あやとりをしてずーっと遊んでる。だから彼らは確実に精神を病んじゃいない。
「大丈夫。承知してるよ」
ナイトレイはそう言って可愛く前歯を見せた。死に様に一寸の苦悩も持ち寄りたくない人間にとって彼女の大丈夫は、無限大の大丈夫であるといえる。
何が出来るのかと検討したところ、何も出来ないと思った。
一人ぼっちだけが味わえる特別待遇。実際のとこ、二人になることだってできる。
星のまたたく青い夜、ほんとの輝くものを隠した共犯者たちは、眠らない。
半月がしずかに、無表情な夜空を笑わせていた。


2010/04/09 (Fri) 18:03